朝の風景第二章 はじまり
 二〇一五年四月、私は宇都宮市立中央小学校に音楽専科の教師として赴任した。
 中央小学校は、東武宇都宮駅から北に伸びるオリオン通りというアーケード街のすぐ近くにある小さな小学校だ。
 約六キロの道程をバスで通うことになった。私の乗るバスの多くはかなり遠くから来て、JR宇都宮駅を経由して、東武宇都宮駅に向かう。通勤時間は車内が混雑し、私が乗る時には通路まで人が溢れていた。その状態で三十分前後揺られ、目指すバス停に着く頃には、もうへとへとだった。
 そこで、ゆったりと座って通勤できるバスがないか調べ、一本だけ近所のショッピングモール始発のバスがあるのを見つけた。バスを降りてから勤務開始時刻まで一時間以上あるが、そのバスで通勤することにした。
 バスを降りた私は、オリオン通りを散歩した。すぐにコーヒーの香りに誘われて、一軒の喫茶店に入り、ゆったりとした朝の気分を満喫し、七時五十分ころ店を出た。
 直後、私は学生たちの暴走自転車の濁流に遭遇し、命の危険を感じた。彼らにとって、視覚障害者の存在は想定外だ。杖をついて歩く私に気を留める者は皆無である。その中を、
「すみません、ちょっと通してくださいね!」
と、なるべく明るい調子で大声を張り上げて歩き、何とか学校にたどり着いた。
 翌日から私は、寄り道せずに学校へ通った。暇を持て余した私は、日直の先生以外誰もいない静まり返った校内を探検して回った。
 古い鉄筋コンクリートの校舎の中は、四月というのにじめじめと蒸し暑い。そこで私は、廊下の窓を全部開け、それから音楽室へ行き、ピアノで校歌の伴奏の練習をした。
 しばらくしてドアが勢いよくノックされ、S副校長先生が息せき切って入ってきた。
「すみませんねえ、朝早くからピアノはやめてくださいって、近所から苦情が来ちゃいまして。練習は8時以降にお願いします。」
と申し訳なさそうに言う。
 仕方なく職員室へ戻りかけ、昇降口のあたりを通りかかると、子供たちが登校し始めていた。私は昇降口で、足音に向かってあいさつをした。しかしあいさつはほとんど返ってこなかった。
 最後の児童が登校し終えた後、下駄箱の靴の並びを整える音が聞こえた。私と同時に赴任した教務主任のM先生だ。M先生はとてもまっすぐで、熱意に溢れた女性教師だ。
「中央小学校の昇降口に、あいさついっぱいの朝の風景ができるといいですね。」
「是非、一緒に実現させましょう。」
そんな会話をしながら、私はこの学校で、自分自身が子供たちにとって、かけがえのない『朝の風景』になろうと決意した。
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