朝の風景第三章 希望のともし火
二〇一五年十二月、中央小学校に、韓国の目の不自由な先生と関係者計四十名が、私の学校生活を視察に来た。その年は、日韓国交正常化五十周年のメモリアルイヤーで、さまざまな記念事業が行われた。その一つとして、私の所属する全国視覚障害教師の会(日本の目の不自由な先生方の研修団体)が企画した、韓国の視覚障害教師を日本に招いての親善交流大会と研修会が実現した。
費用は全額公費で助成されるが、東日本大震災に関する研修の実施が条件とされた。震度六強の烈震に見舞われた中央小学校の視察にも、その内容が求められた。
震災当時、私は別の学校に勤務していたことから、W校長先生に当時の様子を話していただいた。それを聞きながら私は、視覚障害教師として防災教育にどう関わり、実際の震災でどんな風に役立ったか話せる内容が皆無である歯痒さと悔しさを痛感した。
視覚障害教師にも、防災教育でできることはないか。考え込んでいた時、妻が呟いた。
「冬になったらうちの玄関先、全然陽が当たらないから、夜、ソーラーライトが光らなくて、防犯上困っちゃうのよねぇ……。」
それを聞いた私は、ソーラーライトで防災教育ができるかもしれないと直感した。私はホームセンターへ行き、ソーラーライトを大量に買い込み、学校へ運んだ。そして公使のK先生に、ライトの傘の部分に穴を開けて紐をつけてもらった。
次の日から毎朝、私は学校へ着くと、校庭の陽の当たる場所にソーラーライトを並べた。そして夕方になると、二階の職員室から玄関までの手すりにそれを釣り下げた。
私はソーラーライトを「希望のともし火」と名づけ、「共に生きる」という、私が定期的に発行している全校児童向けのお便りで紹介した。中で、これから起こりうる災害や、それに対するさまざまな備えの大切さを書き記した。
こうして私がソーラーライトを校庭に並べる姿と、児童がソーラーライトの傘の上面の太陽電池に手のひらを当て、光を遮ってライトを光らせる姿が、『朝の風景』に加わった。
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