朝の風景第七章   花は咲く
 大雪の日のお昼休み、五年生の代表委員の女子、Оさんが、私のところに来た。代表委員は三年生以上の各クラスから二人ずつ選ばれた児童が集まって組織され、主に学校をよりよくするために自分たちにできることを話し合い、実現させている。
 Оさんは『花は咲く』の全校合唱をして、みんなの心を一つにしたいという。ただ、朝の会で数回歌って終わりというのではなく、時間をかけてみんなできちんと歌えるようにして、こめられた願いを丁寧に汲み取り、心を一つにして何かを成し遂げたいという。
 しかし、卒業式の歌の練習すら時間が足りない状況である。そこで私は、Oさんが卒業するまでに実現できるよう努力することを約束し、第一歩として全校児童が歌に馴染む方策を考えた。
 その日の夜、私は『花は咲く』のハ長調の伴奏を準備し、それに合わせてソプラノリコーダーでメロディーを吹く練習をした。
 ソプラノリコーダーを選んだのには、私なりの根拠があった。それは、児童が毎朝そのメロディーを聞く時間を最大限長くするためだ。歌の場合、聞こえるのはせいぜい五十メートル圏内である。対してソプラノリコーダーの高音域は、歌と同じ音量で二百メートル離れたところからでもはっきりと聞き取ることができる。小学生が音楽の授業で習う際高音のソの音の、さらに上のドの音まで使えば、児童は登校時に毎日『花は咲く』のメロディーを三分以上耳にすることができる。
 私は翌日から手のひらと手の甲に小さなカイロをつけ、その上から指抜き手袋をはめ、『花は咲く』を吹き始めた。そこを子供たちが元気にあいさつをして通り過ぎていく。私はリコーダーを吹いたまま、笑顔で小さくうなづくことしかできない。それでも子供たちは元気にあいさつして通り過ぎていく。
 数日後、早く登校した児童が後から来た児童にあいさつを始めた。そして日に日に昇降口前で後から来る子供たちにあいさつする児童の数が増えていった。
 三月十日金曜日、東日本大震災から七周年を迎える日の前日、お昼休みに五年生のOさんが、廊下を歩く私を呼び止めた。
「先生、桜の花より早いんですが、中央小学校の花は今日、満開になりました。ここにありますので触ってみてください。」
手を伸ばすとそこには移動黒板があって、大きな画用紙が貼ってあった。そして指先に小さなシールが触れた。画用紙の上を探るように手を動かすと、そこにはたくさんのシールが貼られていた。
 最初はあいさつ運動に参加した児童がピンクのシールを張り始め、やがて自分から元気にあいさつできた児童もシールを張るようになって、その日、満開になったのだという。
○終章はこちらから